Pri天のアンニュイな日々

岐阜と名古屋が好き。 万年筆が好き。愛用万年筆はセーラーの黒檀です。
高反発マットレスが好き。マニフレックスのマットレスでぐっすり。
スマホはiPhone6Plusを使用中。年金・社会保障制度の元専門コンサルタント。
イリュージョンが好き。都市伝説が好き。
故菅原文太が好きでした。解散したけどGARNET CROWが好き。
今気になるのはチャラン・ポ・ランタンという姉妹ユニット。
毎日病院通い。キャリーバッグが大嫌い。 スケボーうるさい。
自称平成生まれの老眼。 娘は無事に高校生になりました。理数科のリケジョです。
そんな私の日記。

本が読みたい。

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( ͡° ͜ʖ ͡°)


あけましておめでとうございます。


新しい年が始まり、


この一年をどう過ごすかを


考えているところです。


昨年は症状の進行が見られ、


悪い状態が半年以上続いたため


一時的な悪化ではなく


状態が悪い状態で固定したものと


思われると診断されました。


弱かった握力がさらに弱くなり、


手首に装具をつけないと


幽霊がうらめしや〜ってやる時のように


手首が下にダラーンと垂れ下がる状態。


複写の用紙には字が写らない程度の


筆圧でしか字が書けず、


パソコンのキーボード操作も


指一本で押しているような状態です。


装具を着けているためマウスも


動かしにくく、パソコンすら


まともにできない状態です。


こんな体で何ができるだろうか…。


あ、そうそう。左目も瞼が落ちており


右目だけで物を見ている状態でもあり


目がとても疲れる。


そのため大好きな読書も全然してない。


読みたい本はたくさんあるのに…。


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本が読みたい。


2016年の終わりに。

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٩(ˊᗜˋ*)و


ずいぶん長い間日記をサボっちゃったね。


緩徐進行型の病気なのでゆっくりでも


月日が経てば確実に進行して悪くなる。


今年は症状がかなり進んだ1年でした。


まだ杖を使って自力で歩いていますが


歩ける距離はかなり短くなった。


『そろそろ車椅子を考えた方が…』と


主治医が何気なく言った。


まだ自分の足で歩くことを


諦めるつもりはないけれど


行動範囲は確実に狭くなってきた。


誕生月の10月に障害状態の現況届を


出すために診断書を書いてもらった。


労働能力の項目があって、


そこに書かれたのは


『手先を使わない仕事なら可能、


移動に制限がある』


この手先を使わないというのは


パソコン操作や筆記も無理ということ


その上で移動に制限というのは


どこかに働きに出るのは無理ということ。


自宅で独り言を喋って


それが仕事になるだろうか…?


ハッキリ言ってしまえば、


労働能力なしということ。


働くということを諦めていない私に


気を遣って労働能力なしとは


書けなかっただけだと思う。


現実はなかなか厳しいけれど、


まだまだへこたれる訳にはいかない。


手も足も何で動かないのって


いまだに思うことがあります。


自分の体だから自分が諦めては


いけない。


私にとって2017年も決して


明るい年ではないだろうと思う。


でも生き抜いていかないとね。


今年1年お世話になった全ての人に感謝❗️


皆様にとって2017年が素敵な1年に


なりますようお祈りしています。


歩けない…。

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(。ó̩̩⌓ò̩̩).゜


台風の影響もあり


不安定な天気の日が続いていましたが


ようやく太陽が顔を出してくれるように


なりました。


でもまだ雲は多い。


暑さも吹き飛び、秋らしい気候。


今冬はやや寒い冬になりそうですね。


昨年が暖冬だったので、


一段と寒さが厳しく感じるかも。


女心と秋の空と言いますが、


私の体調も秋の空のように


不安定に移り気です。


先日、岐阜の病院に行くため


岐阜駅まで母に迎えにきてもらい、


駅の駐車場で待ち合わせ。


電車を降りて、ホームから


エスカレーターで改札に降りて、


改札を通ってまたエスカレーターで


降りて、駅から50メートルくらいの


駐車場まで行く。


ハァハァ言って汗をかいている。


「暑いの?」と母に聞かれたが


まだ朝の7時半。気温も22〜23℃しか


ないはず。暑いわけがない。


電車を降りて駐車場まで


少し歩いただけ。


階段を使ったわけでもなく


エスカレーターに乗っただけ。


たったそれだけのことなのに


今の私には重労働なようだ。


外出時には杖を使うけど、


家の中では壁や家具に手を付いて


移動していましたが、最近は膝の力が


ガクッと抜けることがあるので


壁に手を付いているだけでは


崩れ落ちてしまう。


室内でも杖を使わないと危ない。


でもその杖を持つ手の力も


入りにくくなった。


治る病気ではないので、


少しずつ悪くなるのは仕方ない。


昨日までできたことが今日できない。


そういうこともよくあります。


これまで何度も乗り越えて


今までやってきましたが、


その度に思うのは、次にまた何か


あった時、乗り越えられるだろうか?


ということです。


体は悪くなる一方なのに


努力や工夫で乗り越え続けることには


いつか限界がくる。


まあ深く考えすぎたところで


答えが出るものでもない。


とりあえず、現状を打破しないとね。





今の私はこれくらい弱気。


服部桜くん。君はまだ若い。


相撲の世界ではひょろっとした体に


見えてしまうけど、プロフィールでは


180センチ70キロらしい。


世間では立派な体。


何でこんな相撲になったのか


理由はわからないけど、


思いっきり張り手かますくらいの


気持ちを持ってほしいな。


私もまだ負けない。


でも9月末まではベッドで安静に。


10月から本気出す…٩(ˊᗜˋ*)و

結婚式の話のつづき。

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٩(ˊᗜˋ*)و


会社にいた頃の後輩くんの


結婚式に行きました。


お嫁さんと仲良くなった話。


後輩くんと花嫁さんが


各テーブルに挨拶にきた時に


少しお話しできました。


後輩くん「新人の頃育成担当だった


先輩です。何というか…


すごい人だよ。」と紹介された私。


私「出会いが大学って言ってたけど、


後輩くんと同じ阪大なの?」


花嫁『いいえ、私は京都大学です。」


私「おおー。すごいねー。」


花嫁「ブラスバンド部で応援団と一緒に


あちこち応援に行ってばかりなので


勉強はしてません…。」


私「ブラスバンド部だったんだー。


第三応援歌のダークブルー海の碧は


いい曲だよねー。」


花嫁「えっ?知ってるんですか?」


私「うん。でも1番好きなのは


第一応援歌の新生の息吹だねー。」


花嫁「私も新生の息吹が好きです。」


私「紅萌ゆるだっけ?逍遥歌の。」


花嫁「はい。旧制第三高等学校の


寮歌です。」


私「あの時の応援団の振り付けが


少し日本舞踊みたいになって


セクシーだよねー。」


花嫁「えー。すごーい。」


私「今度一緒に演奏しよう(笑)


ピアノとバイオリン少しできるので。」


花嫁「はいー。お願いします。」


私「楽譜ある?」


花嫁「あります。メールで送ります。


連絡先教えてください。」


仲良くなりました。


去り際に後輩くんが


「ね。すごい人でしょ。


誰とでも話が合う、


何でも見ればわかる、という


特殊能力の持ち主です。」と。





これまであまり人には言ってませんが


実は私は校歌マニアなのです(笑)


まあマニアというほど詳しいわけでは


ありませんが、それなりに


有名どころの曲は知っています。


私が育った家は徒歩10分以内に


小学校1、中学校2、高校2、養護学校1


という学校に囲まれた場所。


その1つが県岐阜商という甲子園常連の


高校で、野球以外もいろいろ強い。


ブラスバンド部もよく弾いていたし


高校野球を見て試合後の校歌も聞いて


小学校に入る前に自然に


覚えてしまいました。


次に覚えたのがPL学園。


KKコンビの時代ですね。


その後、巨人にいた元木選手の


高校時代、上宮高校の校歌を聞いて


あれ?上宮高校の校歌なんて


初めて聞くのに何か聞き覚えがある…


何だろう?と思っていたら


母がこの校歌は通っていた


明照幼稚園の歌と同じだよと


教えてくれました。


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月影という歌で、浄土宗の


法然上人の教えから来ているもので


幼稚園はお寺が経営していることが


多いですが、上宮高校も浄土宗の


いわゆる宗教学校ですね。


今では甲子園マニアたちの間で


1番短い校歌として少し有名のようです。


中学1年の体育祭の時は白団だったのですが


各団ごとに横断幕を掲げて


スローガンみたいなのを書くのね。


その時が「陸の王者 白団」だったの。


何のこっちゃさっぱり意味がわからず、


「若き血に燃ゆる者〜♫


……陸の王者 白団♪」


とかいう変な歌を歌わされて


何かの替え歌かな?


この中学で代々伝わる歌なのかな?


岐阜は海がないし、陸だよね…でも王者?


気になって図書館で調べたところ


慶應大学の応援歌でしたね。


この頃から校歌とか応援歌に


興味を持ち始め、


例えば岐阜市内の学校は


岐阜城のある『金華山』と


その麓を流れる『長良川』という単語が


必ずと言っていいほど入っているのですが


入ってない学校はあるのかな?とか


岐阜市外でもどの距離まで


『金華山・長良川』のキーワードが


使われているか調べて、


甲子園の試合後の校歌はちゃんと


歌詞を見ながらじっくり聞いて覚えて


有名どころの大学と関西圏の大学の


校歌や応援歌など覚えて…と。


インターネットもYouTubeもない時代。


どれだけ大変だったことか…。


必死に調べたんだよ。


歌詞を覚えたんだよ。


楽譜が見れた物はメロディがわかるけど


楽譜がないとメロディもわからない。


勝手にイメージしてたよね。


そう。私はいつも人が向かわない


方向に向かっている。


私はどこへ行くのでしょう…。

結婚式に行ってきました。

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٩(ˊᗜˋ*)و


お盆明けに以前働いていた会社の


後輩くんに招待されて結婚式に


行ってきました。


形の上では友人扱いなのですが、


席は会社の席で、6割くらいは


もう知らない人だったけど、


4割くらいは私と関わりのある人たちで


久しぶりに会えて楽しかった。


私を知らない6割側の人たちでも


私の名前は聞いたことがあるという


人がいて、私の悪名は今も


語り継がれているらしい…。


いろいろやらかしましたが、


入社式の出来事が


今も語り継がれているようです。


入社式の採用担当部長のスピーチで


部長『日本で1番高い山は富士山ですが


2番目に高い山を知っていますか?』


新入社員一同『?………(知らない)』


部長『みんな知らないよね?


2番なんてそんなものです。


だから1番を………』


という流れで話す予定だったのが


私がサッと手を挙げ


『南アルプスの北岳です❗️』


と答えてしまったために


部長言葉を失う。


その後、部長は軽くパニックで


1番が…いや2番でも…やっぱり1番が…


脅威の新人現ると噂になったよね。


懐かしい話だ。


上司にゴマをすって近づくなんてことは


ありませんでしたが、私は上司に


気に入られることが多く、社内での


人間関係に悩むことはなかったです。


むしろ物事をハッキリ言うタイプで


一歩間違うと煙たがられるタイプかも。


でもそうならないのは


そうならないための何かがあるんだろう。


意識的に何かをしている感覚は


ないけれど、生きている間に自然と


煙たがられる手前で止まる何かを


身につけたんだろうね。


上司だけでなく先輩、同僚や後輩とも


うまくやってこれた。


良好な人間関係を築くことは


ごく当たり前のことに思うけど、


今の時代では、それも一つの能力


なのかもしれませんね。


そういう点でいえば、うちの娘は


社交的で人見知りもなく、


コミュニケーションをとるのが


上手だと思うし、社会に出ても


安心かなと思う。


新郎の後輩くんのお嫁さんとも


仲良くなって連絡先も交換しました。


各テーブルに少しずつ挨拶に


回ってきた時に少し話しただけ、


でも仲良くなった。


長くなったのでその辺りのことは


次回書こうと思います。


意外な趣味が決めてでしたね。


ではまた。

pri_tenからのメッセージ

おかげさまで娘が無事に高校生になりました。先生の反対を押し切って第一志望高に挑戦し、勝ち取った合格💮よく頑張ったと思います。応援ありがとうございました。
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★ 永字八法 ★

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