Pri天のアンニュイな日々

岐阜と名古屋が好き。 万年筆が好き。愛用万年筆はセーラーの黒檀です。
高反発マットレスが好き。マニフレックスのマットレスでぐっすり。
スマホはiPhone6Plusを使用中。年金・社会保障制度の元専門コンサルタント。
イリュージョンが好き。都市伝説が好き。
故菅原文太が好きでした。解散したけどGARNET CROWが好き。
今気になるのはチャラン・ポ・ランタンという姉妹ユニット。
毎日病院通い。キャリーバッグが大嫌い。 スケボーうるさい。
自称平成生まれの老眼。 娘は無事に高校生になりました。理数科のリケジョです。
そんな私の日記。

頭の体操。

image

( ◜◡◝ )


初夏…と言ってももう6月直前。


週末の晴れた日には


お出かけするのに良い季節ですが


体力がないので…。


やっぱり人間は、というか人に限らず


生物は栄養をきちんととらないと


活力が湧いてきませんね。


嚥下障害が原因で入院中は


一時は体重が40kgを切りました。


身長は163cmね。


食べれなければ体重は減る。


当たり前のことですね。


今は46kgくらいまで戻ってますが


もう少し増やさないと不健康。


打倒❗️羽生さんに向けて


最近将棋にハマっていますが、


無料アプリの将棋では簡単に


勝ってしまうので、最近は


詰将棋をしております。


でもねー、無料アプリの将棋でも


最近の将棋はすごいね。


かなり強い。


羽生さんが人工知能と


勝負をするそうですが、


チェスや囲碁の世界ではもう


人工知能が圧倒していますね。


羽生さんはどうなんだろう?


コンピュータにとって将棋が


難しいのは、取った駒を使えるという


ところにありますね。


チェスや囲碁にはないもの。


これが将棋のおもしろいところですね。


さて、詰将棋ですが、


まずはこの問題。


2016-05-28-01-06-55



一応上級。何手詰なのかわからない。


それも考えながら、


王手をかけ続け最短で詰む。


相手はとにかく最善の方法で逃げる。


これが詰将棋ですね。


2016-05-28-01-05-22

2016-05-28-01-05-36

2016-05-28-01-05-42

2016-05-28-01-05-46

2016-05-28-01-05-50

2016-05-28-01-05-55

2016-05-28-01-06-00

2016-05-28-01-06-05

2016-05-28-01-06-10

2016-05-28-01-06-14

2016-05-28-01-06-19

このようになって11手詰。


でもこれは明らかに間違いだね。


答えあわせをしてみる。


2016-05-28-01-07-00

2016-05-28-01-07-05

2016-05-28-01-07-12

2016-05-28-01-07-17

2016-05-28-01-07-21

2016-05-28-01-07-26

2016-05-28-01-07-30

2016-05-28-01-07-35

2016-05-28-01-07-40

うわー、9手詰だったか…。


私の手順が明らかに違うというのは


8手目から9手目のところで、


王様の横に私は龍馬(角行の成り)を


持って行きましたが、別にここは


龍王(飛車の成り)を持ってきても


問題ないのです。


このどっちを持ってきてもいいという


展開になった時点で誤りですよね。


なかなか難しい。


次の問題。


2016-05-29-01-26-31

それでは行ってみましょう。



2016-05-29-01-28-46

2016-05-29-01-28-51

2016-05-29-01-28-55

2016-05-29-01-28-59

2016-05-29-01-29-06

image

2016-05-29-01-29-12

2016-05-29-01-29-18

2016-05-29-01-29-23

2016-05-29-01-29-28

2016-05-29-01-29-34

2016-05-29-01-29-39

2016-05-29-01-29-45


このように13手詰。


持駒もぴったり使い切ったし


なかなか良いのでは?


でも、王様が真ん中あたりから


下の方までダラダラ逃がしているのが


スッキリしないよね。


答えあわせ。


2016-05-29-01-30-44

2016-05-29-01-30-49

2016-05-29-01-30-54

2016-05-29-01-30-58

2016-05-29-01-31-05

2016-05-29-01-31-09

2016-05-29-01-31-15

2016-05-29-01-31-20

2016-05-29-01-31-25

2016-05-29-01-31-29

2016-05-29-01-31-34


うーむ。11手詰だったか。


まだまだ読みが甘いなぁ。


もっと強くならないと羽生さんには


勝てないね。


がんばろっと。


長期連載も引き続き書いていきます。

長期連載。中3の頃の私。

image

( ◜◡◝ )


image



強い‼️


さて、しばらく間が空いてしまいましたが


長期連載をコツコツと続けていこうと


思います。


中3となると、やはり一番の問題は


高校受験ですね。


公立中学だったので受験はなく、


高校受験が初めての受験となります。


数学で2とか音楽で1とかを取っていた私も


中3で先生が変わると評価も変わり、


オール5(美術除く…)でした。


ここで少し余計なお話。


今ではもう走ることすらできませんが、


実は私は運動が得意な方で、


小さい頃から何かに真剣に


取り組んでいたらもしかしたら


日の丸を背負っていた…


まぁそこまでではないでしょうが、


競技によっては県内トップクラスとか


全国大会に出場できていたかも


しれないとよく言われます。


小学校2年生の時、4月から2つ年上の兄と


スイミングスクールに通っていました。


大人になってから聞いたのですが、


当時、父は兄と一緒にスイミングスクールに


通わせることを反対していたそうです。


その理由は、私が兄を抜いてしまう


可能性があるから…。


それに対し、母は2つ歳が離れているし


男と女。いくら運動が得意でない兄でも


まさか抜かれることはないだろう


ということで、一緒に通わせたようです。


2人一緒の方が楽ということも


あったと思います。


スイミングスクールのクラスは


細かいのは忘れましたが、


グッピーとかカープとかお魚の名前で


一番上のクラスがくじらさんのホエール。


私は低学年ということでグッピースタート。


兄は高学年なので一つ上のクラス


ニジマスか何かだったかな…なんか


そんなようなクラスからスタート。


昇級テストみたいなものがあり、


兄は順調にクラスが上がり、


症状をもらって帰ってくる。


私はなかなか上に上がれない。


いつも悔しくて泣いていた。


兄が3つくらいクラスを上げた頃に


私はようやくグッピーを抜け出した。


そこからですよ。私の逆襲。


半年過ぎたくらいで兄に追いつき、


新年を迎える前くらいに追い抜き、


3年生になる直前に私は夕方のコースから


夜間コースに昇級してしまいました。


ところがですね、小学校3年生の女の子。


夜に1人は嫌だ。


お兄ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌だ。


夜なら行かない。


と泣いて抵抗する。


兄も5年生になり、スポーツ少年団の


ソフトボールの試合とかも増えるからと


いうことで、一緒にスイミングを


辞めることになりました。


その時、スイミングスクールの先生が


わざわざ家まで来て、私を辞めさせないで


くださいと必死に頼んだんだって。


小3の女の子で体も小さく筋力もなく


それでもこれほど早く泳げるのは


天性の素質があるって。


指導歴20年で何百人という子どもを


見てきたけど、おそらくNo. 1の素質が


あるって。


でも、夜は怖い、1人は嫌だで


あっさり辞めちゃったんだけどね。


大人になってからそんな話聞かされても


どうにもならないよね。


あー、話がかなり脱線しました。


中学時代の話ね。


中学の時、男子は3種競技というものを


全員でやって、ポイントをつけて


上位30位までを貼り出していたのね。


100m走と走り幅跳びとハンドボール投げ。


この3種競技。


女子はバレーボールとかお遊びのような


授業をやりつつ、きゃーきゃー言いながら


野球部の○○君が一番だとか、


サッカー部の○○君の方がすごいとか


誰が一番になるか騒いでいるのね。


それで、結果的には投げる力のある


野球部の男子が上位を独占した感じかな。


100mと走り幅跳びは良くても


ハンドボール投げでダメっていう人が


サッカー部には多かったかな。


バスケ部にも能力の高い人が


そろっていたけど、少し不良連中だったので


真剣にやらなかったのかもね。


そういうのを見ていると血が騒ぐタイプで


最終日に男子の授業に乱入したのね。


乱入って言っても後片付けの時に


1回だけ測ってとお願いして参加。


その時の記録が100mが12.6秒。


走り幅跳び5m90cm。


ハンドボール投げ24m。


100mについては男子含めて3位。


走り幅跳びは2位。


ハンドボール投げは全然ダメだったけど


ポイントにすると総合5位になったとか。


男子担当の体育の先生がボー然と


していたよね。


野球部の人に聞いたら、遠投の距離を


測った時にホームベースの位置から


テニスコートのフェンスまで97mしか


なかったので、100m走といいつつ


実際は90m+くらいの距離しか


ないはずと言っていた。


走り幅跳びは陸上競技のように


踏切板から測るのではなく、


踏切の足の位置から測っているのと、


砂場に凹みがあるからその分


距離が出るようになっている。


だから正式な記録とは言えないけど、


男子に負けない記録を出せた。


100mっていうのはこの時測ったきりで


それ以後測ったことがない。


走り幅跳びは高校3年生の体力測定で


6m10cmが自己ベストかな。


高校生の運動会のとき


100mの岐阜県大会決勝に進出した


陸上部の女子選手をリレーで


抜いたのだから足は早かったよね。


まぁ抜いたと言っても完全に


私の負けでしたけどね。


その辺りは高校編のときに


書きましょうかね。


あー、何の話だっけ?


体育の話ね。バレーボールとかは


サーブとアタックは好きなんだけど


レシーブとかトスとかあまり上手では


なかったのね。持久走とかも


そんなに早いわけでもなく、


女子の中の授業ではそんなに


目立つような成績ではなかったけど、


男子がハードルをやっているときに、


私も走らせてもらったのね。


そしたらー、とんでもないタイムが


出そうだったんだけど、最後のハードルに


足が引っかかって派手に転んだのね。


そしたらー、それを見ていた


女子の体育の先生が、


あんな転び方をして顔から地面に


落ちずにちゃんと手をついたのは


すごい運動神経だ。普通なら絶対に


顔から地面に落ちてる。すごい❗️


ということで体育は5だった。


中3の時は体育を適当にやっても


無条件で成績は5。


これで絵の才能さえあったらなぁ…。


あら、受験のことについて


まったく書けませんでしたね。


長期連載だし、また次に書こう。


それではまた次回。


もうリタイアしなさい。

image


( ◜◡◝ )


ずいぶん間が開いてしまいました。


ご無沙汰です。


実は入院をしておりました。


3月になって少しずつ温かい日が


増えてきた頃、喉に引っかかる感じが


出てきて、食後がとにかくひどい。


病院で検査したら飲み込む力が


弱くなっているとのこと。


以前から飲み込む力が弱く、


餅を食べたら死ぬと言われていましたが


さらに飲み込む力が弱くなったみたい。


飲み込む力が弱いから柔らかい食事が


出されるのですが、豆腐とか


くたくたに煮た大根とかも


喉に引っかかる…。


逆にジャガイモとか少し重量のある


物の方がスッと胃に落ちていく。


もはや重力頼み…。


それからリハビリの日々でした。


リハビリって何するの?と思う方が


多いと思いますが、とても地味です。


顔のマッサージとか


顔の運動とか


声を出す練習とか


ゴホンゴホンと空咳したり


30秒間にできるだけ多く唾を飲み込む、


呼吸訓練、あとは


喉に風船のついたカテーテルを入れて


バルーンを膨らませて通り道を


拡張させたり…。


一緒にリハビリしてる人の私以外の


最年少が74歳のおじいさんですよ…。


点滴から柔らかい食事、


細かく刻んだ食事、少し柔らかめの食事


少しだけ小さくカットした食事、


普通の食事と少しずつ食事を変えて


ようやく退院することができました。


6月に講演会の講師の仕事が


1本入っていて、それの準備も


しなければならないのですが、


親からはもう限界でしょ。


リタイアも考えなさいと


言われてしまった…。


まぁ無職ですからリタイアしているのと


何ら変わりはないのですが。


入院中に囲碁で井山裕太さんが


棋聖・名人・本因坊・王座・天元・碁聖


そして十段の七冠を達成したという


ニュースを見て、小学生の頃


囲碁クラブだった私も久々に


やる気になったのですが、


囲碁を知っている人が少ないこともあり


中学時代に将棋クラブで活躍した


実力を試してみようと将棋をさすことに。


image

image

image

image

これは次に私が金を取ると

相手は王様を動かすしかなく、

どこに動かしても詰みという状況。

将棋にパスはありませんから。

自分で死にに行くパターンですね。
image

image

これは突き歩詰め。

持ち駒の歩を打って積むのは禁止。

だけど歩を前に進めて詰むのは有効。

打ち歩詰めが禁止なのには諸説あるけど

一番下級の歩が王様を討ち取るのは

良くないということで禁止になったとか。

突き歩詰めは屈辱ですよね。
image

image

これも王様を動かすと負けるパターン。

自陣を開始の状態にしてみた。
image


image

image


歩を前に出せば詰み
image


久しぶりだし、まぁこんなところでしょ。


打倒羽生さん…( ◜◡◝ )




中学生時代の私。

image

( ◜◡◝ )


中学生の頃のお話。


まず、中学生の時の私は


どんな生徒だったのか


というところから


書いていきましょうかね。


中学校に上がると、生徒の数が


小学校の時と比べて一気に増える。


私の通っていた中学校は


3つの小学校と、


1つの小学校の一部が


通う中学校で1学年8クラスでした。


自分で言うのもアレですが…、


私はどちらかと言えば美人タイプ。


雰囲気的にはツンとして


冷たいタイプだと第一印象で


思われることが多いです。


最初はそんな印象なので、


他の小学校から来た人は


話しかけづらかったようで、


私の周りは同じ小学校の人が


よく集まっていました。


男子とも女子とも


分け隔てなく話し、


もともと性格は明るいので


みんながそういうことを


分かりだしたら友達は一気に増え


同級生の中で3年間一言も


話していない人はいないかな。


それでまたさっぱりとした


性格でもあるので


嫌なものは嫌、ダメなものはダメ、


悪いことは悪いとはっきり言うし、


成績はトップではなかったですが


頭の回転が早く、


理路整然と話をするので


口論とかで負けることは


まずなかったですね。


ところで中学生くらいになると


現れ始めるのが不良ですよね。


私の中学校も、もちろん


不良グループが存在しており、


当時学校が少し荒れていた


時期ということもあって、


本格的な不良から


なんちゃって不良まで


幅広く存在していました。


1つ上の学年では、


他校からの殴り込みが


あったほどですから、


荒れてましたね。


そんなちょっと本格的な


不良グループがいた


中学校でしたが、


その不良グループでさえ


私に話しかける時は


気を使うという…。


私って何なんでしょうね?


私は機嫌が悪いときに


話しかけられるとにらみ返す、


不機嫌そうに話を聞く、


問い詰めるような質問をする


そして追い返すという


悪い癖があります。


不良グループの中の人が


私に話しかける時は


まずクラスの他の人に


『今日のみなよの機嫌はどう?』


と確認してから機嫌の良い時だけ


話しかけてきたという


不良にまで気を使わせていた私。


ちなみに『みなよ』というのは


私のあだ名で、


淑乃(よしの)なので


『よっしー』などが


定番なのでしょうが、


小学生のときに


吉田さんがいて


その子が先によっしーと


呼ばれるようになり、


私は漢字が難しく出遅れたので、


姓から一文字、名から二文字


合わせて『みなよ』となりました。


前にも書いたよね。





話を戻します。


学校の通知表ですが、小学生の時は


◎ 大変よくできました
○ よくできました
△ がんばりましょう


という3段階評価でしたが、


中学生では1〜5の5段階評定に


なりました。


ところで…、


通知表で『1』を取ったことが


ある人はいるでしょうか?


もちろん世の中には1を


取ったことがある人は


いると思いますが、


成績上位クラスで進学校に


進学できるような人で『1』を


取った人というのは


多くないと思います。


私は『1』を取りました。(笑)


中学1年の時、


数学の何の問題だったかは


忘れましたが、授業では


習っていない公式を


使って解いたことがありました。


答え自体は合っていたのですが、


「授業で習っていない


公式や定理を使うなら


まずその公式や定理が


成り立つことを


証明してから使いなさい。」


という理由で△にされ、


2点減点され98点にされました。


「たかが中学の数学の教師が


何の権利があって


そんなこと言ってるの?」


と、比較的大きな声で呟いたのを


先生に聞かれてしまいまして、


その呟きはクラス全員が


聞こえていたらしいですが、


私は呟いただけ…。


それでまあ何と言いますか


女のヒステリーというか


担任だったその数学の女教師は


通知表に怒り狂ったように


態度が悪いとか、


学ぶ姿勢が感じられないとか、


謙虚さが足りないとか、


知的レベルは高いが


その知能を悪い方に使っているとか


欄外に飛び出るほど書かれ、


クラス最高点98点で


成績が『2』でした。


中学2年の時、


担任は変わりましたが


数学は同じ先生が担当だったので、


中学1年の1学期に5をもらった以降


中学2年の終わりまでの


数学の成績は…。


書くまでもありません。


95点以下を取ったことがないのに。


それで肝心の『1』を取ったのが


中学2年の音楽。


私はバイオリンが


少し弾けるということは


前に書いたかもしれませんが、


バイオリンを始めたのは


高校生のときなので


中学生時代はまだバイオリンに


出会っていません。


音楽教室にも


通ったことはないのですが


小さい頃、何故かうちには


エレクトーンがありまして、


それで遊んでいたので


エレクトーンが弾けるように


なっていました。


楽譜も誰に教わるでもなく、


何か普通に読めるようになり


小学校の音楽で長調とか短調とか


ほとんどの子が❓❓となるのも


何かすぐに理解できており、


うちにクラシックのレコードが


100枚くらいあったのを


よく聴いていたので、


完コピではないですが


有名な曲の一部を


何となく弾けたりと


そんな感じで音楽は得意な方でした。


でも、クラスの合唱とかで


ピアノやオルガンを弾ける子が


伴奏とかやるのですが、


オルガン弾ける人〜?と


聞かれた時に一度も


手を挙げていないので


私がピアノなどを少し弾けることを


誰も知りませんでした。


音楽は得意な分野でしたし


中学校でやるアルトリコーダーも


上手な方でした。


その私がなぜ音楽で『1』だったのか。


それはある事件が


起きてからのことでした。


ある事件とは、他のクラスの男子が


好きな女の子のアルトリコーダーを…


という書くのもアホらしい


中学生らしい事件だったのですが、


その事件をきっかけに


もしかしたら


私のアルトリコーダーも


どこかの誰かが…という疑念がわき、


アルトリコーダーを叩き割って


焼却炉に捨てたのです。


それ以降の音楽の授業では


アルトリコーダーを


一切吹かず、まあ持っていないので


吹けないのですけどね。


最初は忘れたとか、


ちょっと調子が悪くて


修理に出してるとか


いろいろ言い訳をしていたのですが、


いつまでもそんな


言い訳が通用するはずもなく、呼出し。


そこで叩き割って捨てたことを


正直に話したのですが、


新しいのを買ってもらいなさいと


言われたものの


買ってもまた誰かが…ということも


あり得るので買いませんと拒否。


親に電話されても拒否。


結局最後まで買わなかった。


それが原因で『1』の成績になった。


『1』の通知表を持って帰った日、


母親は私が落ち込んでいるのでは


ないかととても心配したそうです。


母から兄に、今日は淑乃を


そっとしておいてあげてね


と伝えていたそうです。


別に落ち込んでいた訳では


ないのですが、笑っているのも


変なので特に何も話さず


ぼーっとしていました。


夕食のとき、


父が小学校1年生のときの


参観日のことを話してくれました。


忙しい父がたった1回だけ


来てくれた参観日。


父は学歴的には中卒、


でも中学校もほとんど行かず


働いていたそうで、ほぼ小卒。


だから学校のことに詳しくない。


『小学校1年生の参観日のとき、


音楽の授業で、


みんながハーモニカを


吹いているときに、


淑乃だけ何もせず座っていた。


下手な子が練習のために


吹いていると思い、


優秀な淑乃は


吹かなくていいんだ、と思って


両隣にいた見ず知らずの奥様に、


「ハーモニカ吹いてない子が


うち娘です。上手なので


練習しなくていいみたいですね。


自慢の娘なんです。」って


話してたら


兄の授業を見ていた母が来て、


「淑乃の机の上にハーモニカが


あった気がする。まったくもう、


参観日に忘れ物なんかして


恥ずかしい。」と


母が言ったのを聞いた


周りの奥様がクスクスと笑い、


顔が真っ赤になるほど


恥ずかしかった。』


と話してくれました。


私はそのことを全然覚えてなくて


『えー、そうなの〜?』と


言ったのですが、


それまでの食卓の空気が


ガラリと変わり、和やかないつもの


食卓に戻りました。


その後、母が


その小学校1年生のときの先生と


今回1をつけた先生は義理の姉妹


ということを教えてくれた。


《音楽の授業》《アルトリコーダー》


《ハーモニカ》《参観日》《成績1》


《父の記憶》《私が生涯忘れないこと》


《7年の時を経て出会った二人の大西先生》
(名前書いちゃった〜)


いろいろなものが繋がった日。


たった1回だけもらった『1』


良い思い出だなぁ。


思ったより長くなったので、


中学生編は次回も続きます。


【次回予告】


中学3年の頃のpri_ten


お楽しみに〜。

序章。

image

( ◜◡◝ )


私は人から見れば


緻密に計算して人生を送っている、


そして生活設計に沿って順調に
(病気になったこと以外は)

生活をしていると思われがちですが、


実はそうでもない。


小保方晴子さんの手記「あの日」の


冒頭に書いてあった


『あの日に戻れるよ、


と神様に言われたら、


私はこれまでの人生の


どの日を選ぶだろうか。』


というのを読んで、少し過去を


振り返ってみようと思う。


私にはやりたかったことがある。


それは『生物工学』


いわゆるバイオテクノロジー。


その中でも興味があったのは


『遺伝子工学』です。


ヒトゲノムの全塩基配列の解析は


2003年に完了していますが、


私が学生の頃、遺伝子解析の研究が


争うように行われており、


遺伝子工学を含むバイオテクノロジーは


私にとってとても魅力的なものでした。


それが何故、コンサルティング会社に勤め


金融・保険・年金・社会保障制度の


専門家になったのかを振り返ってみる。


ということで、お待たせ致しましたが


いよいよ長期連載スタートです。


【次回予告】


第1章 中学生の頃のpri_ten


お楽しみに❗️
pri_tenからのメッセージ

おかげさまで娘が無事に高校生になりました。先生の反対を押し切って第一志望高に挑戦し、勝ち取った合格💮よく頑張ったと思います。応援ありがとうございました。
★ Pri天 ★
自己紹介


1






★ pri_ten 万年筆 ★
1




★ 永字八法 ★

11


カーソルが触れると止まります。

Twitter
お天気 ~グリーンリボン~
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:

  • ライブドアブログ