Pri天のアンニュイな日々

岐阜と名古屋が好き。 万年筆が好き。愛用万年筆はセーラーの黒檀です。
高反発マットレスが好き。マニフレックスのマットレスでぐっすり。
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故菅原文太が好きでした。解散したけどGARNET CROWが好き。
今気になるのはチャラン・ポ・ランタンという姉妹ユニット。
毎日病院通い。キャリーバッグが大嫌い。 スケボーうるさい。
自称平成生まれの老眼。 娘は無事に高校生になりました。理数科のリケジョです。
そんな私の日記。

2016年06月

長期連載。中3の頃の私。

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( ◜◡◝ )


中学3年生の話の続き。


お受験について書こうと思っています。


でもその前に、もう少しいろいろと


書いておいた方が良さそうなので、


お受験は次回ですかね。


さて、私は特に社会人になってから


勉強好きと思われることが増えました。


興味のあることはとことん調べ、


本を読み漁り、そこからまた関連する


分野へと飛んでいく。


小難しい本を読んだりするので


勉強好きと思われがちですが、元々は


勉強は好きではありません。


関心のないものには手を出しません。


だから学生時代の勉強は


好き嫌いが激しく、やる気なども


好き嫌いが影響していました。


今回は私が各教科とどのように


お付き合いしてきたかを


書いていこうと思います。


【数学】


今でこそ数学は大好きですが、


中3になった頃はただの得点源という


だけで、好きではありませんでした。


一番点数が取れるのは数学でしたが


ヒステリー女教師に2年間


低評価をつけられ続けたので


うんざりしていた教科です。


中3で担当の先生が変わり、


成績は『5』になりましたが、


5をもらえるようになったから


好きになったのではありません。


数学が好きになったきっかけは


何と美術の時間でした。


授業が西洋の芸術の話のときに


「つまらねー。興味ないー。


今日の給食は冷凍みかんがある。


楽しみ!早く授業終われ…。」


と思いながら話を聞いていたら


黄金比の話になりました。


「あ〜1:1.6くらいの比率のやつね。


別に興味ないし…。冷凍みかん!」


まだそんな気分でした。


先生も手馴れたもので、中学生相手に


どんな話をすれば盛り上がるか


わかっているので、


美男美女にも黄金比があって、


顔の大きさと目の大きさの比率が〜


おでこから眉毛までの長さが〜


縦と横の比率が〜とか話し始めました。


みんな定規を取り出しお互いに


測ったりして盛り上がりましたね。


私は冷凍みかん!冷凍みかん🍊!


という気分でしたが、友達に測られ


「みなよ結構いいバランスじゃん。」


と言われ、にっこり。


そこで先生がフィボナッチ数列の


話をし始めました。


0.1.2.3.5.8.13.21.34.55.89…


という数列ですね。


直前の2項を足すと次の数字になる。


それで、このフィボナッチ数列の


隣り合う2項が黄金比に収束すると。


ん?そうなの?


自分で計算してみたら

1と2は1:2

2と3は1:1.5

3と5は1:1.66666666

5と8は1:1.6

8と13は1:1.625

13と21は1:1.61538461538461

21と34は1:1.61904761904761

34と55は1:1.61764705882352

55と89は1:1.618181818181818


黄金比の近似値は1:1.618


うん、確かに近づいている。


不思議だなー。おもしろいなー。


黄金比はピラミッドにも関係があり


ピラミッドの測定は


肘から指先までの長さである


1キューピットという長さの


倍数になっていることが多いとか


そんな話を聞いていると


人体と自然界と歴史的建造物との


深い関係に興味がわきました。


インターネットもWikipediaもない


時代ですから、図書館で本を探し


読んでも難しい計算式ばかりで


理解不能。でもそれが楽しかった。


数学に目覚めた瞬間でしたね。


【英語】


数学の次に安定していたのが英語。


でも実は、中学校に入る頃、


私はローマ字が読めませんでした。


小4くらいの国語の教科書の最後に


ローマ字があってそので習ったはず…


でも、私はまったく読めませんでした。


さすがにローマ字が読めないのは


マズイと思った親が、私を塾に


無理矢理入れました。


中1から中3までの3年間だけ


塾に行って数学と英語だけ


やっていました。家でまったく


勉強しなくても英数の点数が


良かったのはこの塾のおかげかも


しれませんね。


この得点源No.2の英語が後々


私を苦しめることになる。


それは高校編までお待ちください。


【国語】


特に書くこともありません。


普通に成績は良かった。


今でも国語の勉強の仕方は


よくわかりません。


論理的な意味のある問題は


別に構わないのですが、


作者の気持ちとか作者の考えとか


そういう変なものを書けという


問題があるでしょ?


もうね、それが意味不明で…。


小学校の時に、教科書に


「大造じいさんとガン」って


ありましたか?椋鳩十さんのね。


小学校の時って言葉の意味とか


論理的なものよりも、漢字を覚えたり


主人公の気持ちを考えたり、そんな


授業が多くて、5年生のときの


大造じいさんとガンのときに、


クラス内で結構熱い議論になって


なかなか結論が出なかった時に、


先生が椋鳩十さんに手紙を書いて、


聞いたことがあったのね。


そしたらお返事の手紙には


「読んだ方がどのように捉えても


間違いではありません。心に


響いた通りに受け止めてください。」


みたいな返事だったのね。


結局、作者や主人公の


考えや気持ちなんてわからないじゃん


という衝撃的な体験をして以来、


国語という教科には否定的。


それで、今さー、


大造じいさんとガンの作者が


椋鳩十で間違いなかったかなと思って


念のため調べてみたのね。


そしたらさー、椋鳩十さんって


私が小学校5年生の年の年末に


亡くなっているのね…。


大造じいさんとガンは5年生のとき


というのは間違いないのだけど、


5年生の春か夏か秋か冬か


いつ学んだのかまでは覚えてない。


本当に先生は手紙を送ったのか…?


肺炎で亡くなったとなっているけど


亡くなる直前まで元気だったのかな?


うーん…調べなけりゃよかった。


先生が作者に手紙を書いて


考えを聞くって普通はやらないでしょ。


だから、すごく熱心な先生で


良い先生だったなぁという私の


思い出が、今崩れかけている…。


きっと春頃に大造じいさんとガンは


学んだのだ。先生が手紙を書いたのは


5月頃で、椋鳩十さんもまだ元気だった。


そういうことにしておこう…。


【社会】


中学の社会というと


歴史、地理、公民。


まず歴史について、私はまったく


興味がありません。


「見たことないくせに…。」


これがすべてです。


1192年で覚えた鎌倉幕府も


今では1185年だと言われています。


結局そんなものなのです。


鎌倉時代があったという事実は


大事だと思いますが、やたらと


何年だとか語呂合わせまでして


覚えさせる歴史の授業は


好きではありません。


私は中学生の頃から歴史として


興味があったのは明治以降です。


もちろん明治時代など


私も見たことはありませんが、


私が生まれた時の最高齢者が


何歳だったのかは知りませんが、


もし仮に110歳の人がいたならば


その人はギリギリ江戸時代生まれ


ということになります。


明治生まれの人はまだ存命の方も


いますし、その時代を知っている人と


一緒に今同じ時代を生きている。


だから知りたかったのです。


日本が大きく変わったのも明治以降。


でも、教科書の最後の方に


少し書いてある程度で、授業も


さっと読む程度ですぐ終わる。


一番大事だと思うことを学べなかった。


だから歴史は嫌いです。


地理については、


気候がどうとか人口が〜生産物が〜


どうでもいい。中学生の時はまだ


北海道にも沖縄にも行ったことが


ないのに、世界の各地の情報など


どうでもいい。


歴史よりもさらに嫌いでした。


公民は私の中では一番興味のある


分野なのですが、試験で出るのは


歴史と地理の問題ばかりで、


公民から出ることはほぼないですね。


だから授業もほとんどやってない。


社会で生きていくには公民の知識は


必要なのだと思うけど、とにかく


私が興味のあることはすべて軽い


扱いにされ、嫌いなことばかりを


教え込まれたのが社会。


そんな感じでした。


【理科】


理科は内容によって好き嫌いが


分かれていました。


好きだったのが遺伝とか運動とか


主に3年生で習うことかな。


運動ってのは物理の基本みたいな


等加速度直線運動とかそういうのね。


フレミングの左手の法則とかの


電気とか電流とか磁界とかは


やや好きな方かな。


植物とか宇宙は大っ嫌い。


光合成とかはまだ良いとして


花の部位の名称とか根とか茎とか


全然おもしろくなかった。


夜空を見上げるのが好きな私が


宇宙の授業が嫌いだったというと


意外に思うかもしれませんが、


中学の理科で習うものって


何にも役に立たない。


太陽の動きとかで出てきた


南中なんて言葉、使ったことないしね。


1〜2年生の頃は本当に理科が


つまらなかった。


解剖の実験の時は、教科書には


カエルが載っていて、私たちの


数年前まではカエルで解剖を


していたらしいのですが、


私たちの時は煮干しの解剖だった。


私は解剖しないでずっと煮干しを


食べていたなぁ。


【美術】


数学好きになるきっかけを


もらったのは美術の授業でしたが、


私はセンスがないので美術は


まったくダメで、苦手でした。


「何にでも眉毛を書くな。」と


注意され、動物とかの絵に


眉毛を描かなくなったのが一番の


成長でした。


【音楽】


前にも書いた通り、1をもらったけど


音楽は得意な方でした。


1をもらったこと以外、


特に印象に残ることはないかな。


あ、ちなみにこの頃はまだ


バイオリンは弾けません。


バイオリンを始めたのは高校の時。


その辺りも高校編で。


【技術・家庭】


確か私たちの学年からだったかな。


男女一緒にやるようになったの。


前は技術が男子、家庭科が女子と


分かれていましたが、全部一緒では


ありませんでしたが、一部一緒に


やるようになりましたね。


裁縫や料理は好きだったし、


中学の頃には母親の内職を


手伝ってお金をもらっていたので


ボタン付けはプロです。


父がアイロンをかける仕事を


していましたので、アイロンも


とても上手です。


最初に練習させられたのが


ハンカチを四角く


アイロンかけること。


そんなの当たり前じゃん!と


思う方はきっとハンカチを


アイロンしたことがない人。


ハンカチにアイロンをかけると


少し伸びて、各辺が外側に


膨らんで曲線になるんだよね。


そうならないように力を加減して


うまく四角くアイロンをかけるの。


今持っているアイロンも


一般的な家庭用アイロンとは


少し違います。


蒸気の量が多くて温度が低め。


そしてずっしり重い。


学生服やスーツのような物も


当て布なしでテカテカにならず


アイロンがかけられます。


最近は高性能のアイロンもあるけど


私のアイロンはちょっとというか


かなり古い。自動で電源が切れたり


倒れた時に水がこぼれないなどの


機能すらありません。


手の力が弱くなって大変だけど


やっぱり使いやすい。


技術はインターホン作ったり、


オルゴール組み立てたり


エンジンの分解したり


ノコギリで木材を切ったり


いろいろやりました。


上手だったわけではないけど、


楽しかったかな。


エンジンの分解の授業は、


船舶免許を取るときの


船のエンジンの勉強のときに


役に立ったかなー。


あ、空き缶でマフラーを作って


どの班が一番音を小さくできるか


というのもやったねー。


雑巾を詰めたのが一番音が小さかった…。


【保健体育】

今では走ることもできませんが


私は足が速かった。


スポーツは得意だったんだよ。


陸上系と水泳は特にね。


中学になると体育は男女別。


女子の体育ってあまり


面白くないんだよね。


だから何をやっていたか


あまり記憶にない。


創作ダンスはまだ必修では


なかった時代なので


それは良かったです。


バレーとかバスケとかバドミントン、


テニス、持久走、水泳…。


まぁ男子の授業に乱入してたのが


一番の思い出ですかね。


乱入してハードルで転んで


成績は5。


あとー、陸上記録会とかいう


変な記録会に参加させられた。


走り幅跳びでね。


でもねー、参加してる人が


陸上部の人ばかりで


みんな陸上のユニフォームや


専用のシューズ履いてて、


私だけ学校の体操服に


普通の運動靴。


踏み切り板は爪のあるシューズを


履いてないと滑るのね。


そして、助走の距離をマークする


目印みたいなのを2個置くことが


できるんだけど、私だけ何も


持ってないわけ。本格的な競技なんて


やったことないから知らないもん。


滑らないように踏み切り板の手前で


踏み切って、助走の距離は勘で…。


それで記録は5.45mだったかな。


それでも参加者中3位だったよ。


まぁ単なる記録会なので


表情とかはなかったけどね。


水泳については高校編で


詳しく書きましょう。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


次回はお受験について


書けると思います。


それではまた。


安らかに。

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( ◜◡◝ )


今日の0時過ぎ、


母方の祖母が亡くなった。


95歳。


今週の土曜日が友引のため


今日がお通夜、明日がお葬式。


慌しい日程になったようだ。


母方の実家は島根県。


体調の万全ではない私には


ちょっと行くのが困難な場所。


名古屋から新幹線で岡山まで


約2時間ほど。


そこから特急やくもに乗り換え


松江まで2時間半ほど。


そこからさらにタクシーで


40分ほど走らないといけない。


さすがにそこまでの体力はない。


父と母と娘の交通費や香典、


その他の諸費用を含めて


取り急ぎ50万円ほど用意し、


母に渡して父と母と娘の3人で


行ってもらうことにした。


10日ほど前にお見舞いに行った


従姉妹から連絡はもらっていた。


医者はあと1か月くらいと言っているが


私が見る限り6月を迎えられるかどうか


そのくらい弱っていると。


最後は軽い認知症が出てたみたい。


でも比較的元気で、施設には


入っていたけど、病気で苦しんだ末に


というわけではないようだ。


95歳、ほぼ1世紀にわたって


激動の時代を生きてきた。


祖母の眼には今の時代は


どのように映っていたのだろう?


天寿を全うしたのでしょう。


安らかに。


体調が良くなったら


御墓参りに行くからね。
pri_tenからのメッセージ

おかげさまで娘が無事に高校生になりました。先生の反対を押し切って第一志望高に挑戦し、勝ち取った合格💮よく頑張ったと思います。応援ありがとうございました。
★ Pri天 ★
自己紹介


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★ pri_ten 万年筆 ★
1




★ 永字八法 ★

11


カーソルが触れると止まります。

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